奄美にいきる
奄美大島らしさを考えるツアー
「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるワークショップ」奄美大島編
「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるワークショップ」のキックオフ・シンポジウムが行われた翌日、NEDIを主催する碇山勇生は、琉球孤の島々から訪れている登壇者たちを案内するツアーを組んだ。
琉球孤のさまざまな視点から
「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるワークショップ」シンポジウム
2025年5月15日に山羊島ホテルにて、琉球孤の異なる島からさまざまな知見を持った有識者や事業者が参加し「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるワークショップ」のキックオフ・シンポジウムが行われた。
養老先生のこと
野生の学校レポート
2024年に行われた第一回「野生の学校」。奄美大島とも縁の深い養老孟司さんと一緒に旅をした、イラストレーター・横山寛多さんによる、同行レポートを公開します。同じ鎌倉出身の二人は、何を感じ、伝えたのでしょう。
坪山 良一 氏
舟大工
明治期、沖縄の舟大工・海老原万吉が奄美大島に流れつき、舟を作り始め、当時まだ16歳だった坪山良一さんの父、豊さんが弟子入りをする。沖縄では大木を削って舟を作っていたが、「奄美は貧乏な島だから、和船のように板をつなぎ合わせて形を作った」という。それが現在でも舟漕ぎなどで主に使われている「アイノコ」の始まりだった。
興 克樹 氏
奄美海洋生物研究会会長
約10年前から、奄美大島近海でマッコウクジラが見られるようになった。興克樹さんは、ダイビングの事業者と共に調査を始める。興さんは、ダイビング事業者も加盟する奄美クジラ・イルカ協会を立ち上げ、ウォッチングツアーに関する厳しい自主ルールを制定し、大学の研究機関と連携しながら調査を続けている。
田中 宗豊 氏
プロサーファー、農家
海と風と共に生きる人々。陸と海は繋がり、その大いなる循環の中に身を置いているに過ぎない。だからこそ波乗りという遊びに夢中になり、次世代のためにそのままの環境を残したいと願う。田中宗豊の目に、奄美大島の海は、どんな風に映っているのだろう?
ミロコマチコ 氏
画家
目の前の今を、生き物として描く。「今、起こったことが、生きていったらいいなと思って」生き物という形にしていると言う。奄美大島の集落で暮らすミロコさんは、あらゆるエネルギーを生き物として捉えている。
CHAR : 土屋 尚幸 氏
写真家
自然の神秘の真っ只中で。Charさんことフォトグラファーの土屋尚幸さんが捉えたいと強く願っているのは、単に美しい風景でも波乗りのシーンでもなく、自然の神秘そのものだと言う。
小池 弘章 氏、泉 太郎 氏
一般社団法人稲作保存会
奄美の中でも稲作の歴史が残る、秋名地区。1990年代までは地域コミュニティによる自給的な食文化も保たれていた。しかし水の豊かな奄美ならではの、膝まで埋まりそうな深田は作業自体が容易ではなく、機械化も難を要する。高齢化と共に耕作放棄地が増え、衰退の道にあった。