奄美でいきる、暮らす

JOURNAL | JOURNAL | Vol.09

野生の学校レポート

養老先生のこと


文/横山寛多 写真/CHARFILM

養老先生の講演が奄美大島で行われる。イベントのタイトルは「野生の学校」。わくわくするタイトルに加え、奄美は11月でもクワガタが歩いていると聞いたことがあったので、これはもう行かない理由がない。さっそく諸々のチケットを手配した。色々あって養老先生と鎌倉から一緒に奄美に行くことになった。

養老先生はおおよそ40年前、フィラリアの検診で奄美に40日間滞在されていた。本土へは「これに乗り遅れたら1週間は来ないぞ」と言われ、嵐の中を帰ってきた。船底の部屋に降りて毛布を敷いて寝ていると、枕元においた煙草の箱がすべっていった。「家に帰ってから毛布の上に煙草の箱を置いてね。どれくらい傾けたらすべるのか実験しましたよ」と笑いながら話されていた。それ以降、何度となく奄美には通われている。鎌倉から空港へ向かう車中で、当時のフィラリアの検診についてうかがうと、フィラリアの卵がどうやったら孵化するか→寄生したら宿主をなるべく生かさないといけなくなる→ネジレバネの話→蛾のフェロモンはどうやって飛んでいるのか→オスの蛾はどのようにメスにむかって飛んで行くか→注文した天ぷら蕎麦の天ぷらを一生懸命食べていたらお蕎麦がのびてしまった、などなど面白い話が数珠つなぎに続くので、あっという間に空港に着いてしまった。

養老先生のお話は面白い。それはみなさんご存知のとおりだと思うけれど、いざ養老先生になにか質問できる機会を得ると途端に緊張してしまい、なんだかふわっとした途方もないことを聞いてしまいがち、という場面を何度か経験している。もちろん、そういう質問にも養老先生ならではの返答があって、すごいなぁと思うのだけれど、具体的な質問をした時の、先生の経験も含めた話は一段と面白い。虫採りに関した話がそうで、子どもから「ハンミョウのつかまえ方を教えてください」という質問があがった時は、さすがにそんなものないだろうと思っていたら「僕も練習したことがあります。ハンミョウはすばやいから、ここだ、と思った5センチむこうに網を落とす」と即答されていた。またある時、子どもから「いい匂いの虫はいますか?」という質問がでた。虫に詳しいだけの人(それだってすごいのだけれど)ならばいくつか虫の名前を挙げて、どんな匂いがするかを話して終わりだろう。質問をした子もそういう話を期待していたのかもしれないが、それではネット検索とかわりがない。養老先生は違った。

「同じ匂いでも、濃い状態と薄い状態では感じ方が違います。濃い時にはいい匂いに感じなくても、薄めていって、ある時点でいい匂いに感じるようになったりすることがあります」と答え、そのあと、ジャコウネズミのヒゲの話になっていった。ある匂いを「いい匂い」と感じるかは人によるので、匂いの性質について説明し、その子の質問の根源の方に答えた。養老先生の話はただの回答ではなく、贈り物に近い。

奄美に着いた翌日、養老先生とは旧知の西さんと東田さんの案内で虫採りへ行った。山に入ってたたき網を持つと先生は元気がでる。僕も虫採りに夢中になり、気づくとだいぶ遠くに先生がいるのであわててしまった。奄美へ出発する前に秘書の方から「虫採りの時以外、目を離さないでください」と言われていたものの、虫採りの時が一番目を離しちゃだめなんじゃなかろうか。以前「道が続いているとどんどん進んじゃう癖があるんです。海外ではそれでひどい目にあいました」とおっしゃっていた。すぐどこかへ行ってしまう、というのは猫や風のようで、飄々とした感じが養老先生らしくていいなぁと思うものの、身近な人はきっと大変だ。5歳くらいの時、海岸で行方不明になってしまい、家族が探し回っていたらコメツキガニをじっと見ているところを発見されたというから、その頃から変わっていないのかもしれない。

11月ということで、なかなか虫は採れないものの、西さんと東田さんはさすがに色々つかまえていらした。アマミノクロウサギの糞もところどころに落ちていて、それが案外大きくて量も多くて驚いた。糞虫がいるかも、と思ったが残念ながら今回は採れず。「次は春に来ましょう」と言ってその日の虫採りを終えた。

奄美滞在3日目はいよいよ「野生の学校」の開講日だ。今回の奄美旅行は養老先生の講演に行くという目的で計画したものの、色々あって先生と虫採りをしたり、「野生の学校」のレポート(この文章のこと)を書くことになったりと、二転三転して得難い機会に恵まれた。

レポートを書くためには、先生に取材をしないといけない。移動の車中で、奄美の子どもについてお話をうかがったところ「40年前に来た時はボウフラが蚊になるってことを知らない子が多かったですよ」とのことだった。そうレポートに書くだけでは怒られそうだと思ったが、それ以上重ねて聞くのもなにか憚られた。というのも、先生は常々、子どもに対して「どうなってほしい」ということを言わないからだ。「そういうのが一番いやなんだ」と昨夏に鎌倉でおこなわれた「蟲展」のインタビューでも答えられていた。子どもたちと虫採りをしている時も、ただ一緒に虫を採っている。なにかあればそっと寄り添う。

虫採りの時、子ども達に話をしている先生が突然地面にしゃがみこんだので、貧血かな?!と思ったら土の上を歩いているハネカクシをつかまえていたこともあった。

「野生の学校」の会場から見える景色は素晴らしく、子どもたちも元気に走り回っている。

手には葉っぱで作った風車やバッタを持っている。日没の頃、養老先生の話がはじまった。

――自然とはなにか。

「人が作っていないものです。例えば、この身体が自然です。自然、と言うと良いもののように思いますが、天災も自然です」

「あの田んぼや畑は君なんだよ、と言ってもなかなかぴんと来ないかもしれないけれど、人は食べたものでできている。今の日本の食料自給率は4割。つまり4割日本人ということになる。ここにいる子どもたちがこれから暮らす世界では、今と同じように冷蔵庫を開ければ普通に食べ物がある世の中ではなくなるかもしれない」

「日本は島国で、奄美は良いモデルになる可能性がある。なぜなら40年前に来た時点で中卒から40代半ばくらいの働き手は出稼ぎでほとんどおらず、少子高齢化がすでにはじまっていたから」

「イギリスが線をひいたイスラエルとパレスチナの境界線を見るとギザギザしている。なぜなら、良い井戸をほとんどイスラエル側の領土に入れるため。それで仲良くしろ、と言ってもなかなか難しい。住みやすいところを考えていけば戦争はなくなる。小さな平和をどう広げていくかだと思います」

――伝統行事について。

「大人が楽しんでいないと子どもたちが真似をしない。大人が楽しんでいれば、自然とその姿を見て受け継がれていくと思います」

実際に会場では祭りの行事を真似する子ども達の映像が流れ、とても楽しそうだった。

――奄美の好きなところ。

「人の数が適当なところ。あとは生き物が固有で面白い」

たしかに観光客でごったがえす鎌倉から奄美に来てまず思ったのは、広々とした美しい海岸にも人がほとんどいないことだ。鳥取や島根の人口密度がヨーロッパの人口密度の平均と同じ、という話もでた。

登壇された平城さんのロードキルについてのお話は、観光客と住民の双方にむけられたもので、切実さを感じた。最後は会場に設けられた質問箱に寄せられた質問だった。

――人類の未来はどうなるでしょう?

「知ったこっちゃねぇ、と言いたいところだけれど、あまり欲をかかないほうがいいと思います」

そう答えて話を締めくくられた。

食べ物にも、伝統行事にも、そして平和についても、子どものことが随所に出てきた。改めて質問するまでもなかった。養老先生はこれからの話をする時、いつだって子どものことを考えている。大人がすることはそのまま子どもにつながっていく。子どもはのびのびと生きていればそれでよく、そのために大人は自分がどうすればいいかを考えていけばいい。奄美の景色を見ていると、色々なことがどうでもよくなっていく。それは自分がほどけて、欲が消えていくからかもしれない。