奄美でいきる、暮らす

JOURNAL | Vol.11

「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるワークショップ」奄美大島編

奄美大島らしさを考えるツアー


奄美の今を知り、未来を考える。

文/村岡俊也 写真/Charfilm

「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるワークショップ」のキックオフ・シンポジウムが行われた翌日、NEDIを主催する碇山勇生は、琉球孤の島々から訪れている登壇者たちを案内するツアーを組んだ。「ワークショップ」では2年間をかけて、それぞれの島を巡る予定というが、現地へと訪れる前に「奄美大島の現状を知ってほしいんです」と、勇生は言った。それは奄美大島が直面している問題を共有し、具体的なアドバイスをもらうためでもあるという。

海沿いのホテル建設予定地にて。

 島の文化や歴史を紹介する「奄美パーク」を訪れた後に向かったのは、すぐ近くの節田集落にあるホテル建設予定地だった。着工開始は、もう間近に迫っているという。海沿いを走る県道82号線よりも海側に、12階建てのホテルが計画されている。駐車場は道路を挟んだ山側に設ける予定で、ホテルに入るためには道路を横断する必要がある。かつては国定公園だった場所だが、国立公園には編入されずに指定解除されている。そのため建設に対する法的な規制は、まったくと言っていいほど存在しない。ただし、住民アンケートによれば節田集落の8割が建設に反対しているという。12階建てのホテルが完成してしまったら、集落からは海が見えなくなり、オカヤドカリの暮らすビーチも一部、埋め立てられてしまうだろう。空港から比較的近い太平洋側は、奄美大島の中でも特に開発にさらされている土地のひとつだった。

隣接する和野集落に暮らす赤木毅さんが計画について説明していると、ホテル予定地の隣で暮らしている夫妻がやってきて、その思いを聞かせてくれた。奄美大島に移住する以前にはアメリカのアリゾナ州セドナに暮らしていたという。ツーリズムの波がやってきて、「最初の工事が始まってから、気がつけば周りはAirbnbばかりになって住民もいなくなっていった。たった10年で景色は一変してしまった」と語った。

芦徳公民館での意見交換会。それぞれの立場から、解決策を探った。

 同じく開発にさらされている芦徳集落を訪ねて、集落の公民館で区長の池岡広典さんと住民の米田奈緒美さんから、現状について説明を受けた。芦徳集落は東シナ海から奥まった赤尾木湾沿いにあって、目の前には穏やかな海、その奥に森が見える。かつては「月見をしながら海で酒を飲んでいると、観光客に『おいで』と声をかけて、一緒に踊っていたような土地」と池岡さんは言う。けれど、その牧歌的で風光明媚な環境のために、すでに宿泊施設が多く建てられ、さらにいくつもの開発計画がある。100名ほどの住民に対して、既存の施設が満室になれば、その4倍近い人数が滞在できるという。地価が上昇し、10年前の10倍ほどの値段になっているため、投資目的の売買も行われている。集落の住民は、「どうしたらいいのかわからない」状態になっていると池岡さんは言う。

「昔から、受け入れながらやってきたんですね。集落の端っこならば、仕方ないとも思うんです。でも、今度は集落のど真ん中にホテルを建てようとしているから」

 集落としては「今、以上に宿泊施設を建設してほしくない」意向という。過度な開発を防ぐためには、景観条例ほか、何らかの法的な規制をするしかない。そのために、芦徳集落だけでなく、龍郷町の他の集落との合意形成をする必要がある。

 どうしたら法的な整備ができるのか? どうやって行政に働きかけるべきか? 農業従事者を中心に80歳を越える高齢者が多く暮らす集落を守るために、具体的なアプローチについても意見が出されたが、大切なのは何よりも「みんなでテーブルに着くこと」。その場で確認された共通意識は、「地元のための観光でなければ、受け入れる意味がない」というもの。

田んぼを前に、先端的な取り組みについて紹介する村上さん。

 ツアーの最後には、島の原風景とも言える水田が残された秋名集落を訪ねた。案内してくれた村上裕希さんは、龍郷町地域起こし協力隊として9年ほど前に移住し、その環境を未来に繋ぐために、一般社団法人E’more秋名を設立し、さまざまなアプローチを行なっている。
「直近の5年間でも人口が減り続けているんですね。現在の住民は350名ほど。なので、暮らしぶりを伝えながら、支えてくれる人、いわゆる関係人口を増やしていく必要があるんです」
保存区域に指定される水田を増やしていくために島外から企業を誘致して研修プログラムを組んだり、町有林を資源として活用しつつ保存するために、カーボンクレジットとしてNFTを販売したり、さまざまな策を講じている。それらはすべて秋名集落の環境を守りながら、次の世代に繋いでいくための取り組み。村上さんは言う。
「米作りを続けているおかげで、集落の里山には、日本で見られる野鳥の6割が飛来するほど豊かなんです。それに水田には豪雨の時に水を貯めるダムのような防災機能もあるから、どうにか守っていかないと」
 田んぼの水源となっている秋名川に連れて行ってもらった。綺麗な水が緩やかに流れていて、子どもたちの遊び場になっているという。上流には、大男が住んでいたという昔話の舞台になった「トンジュウロウの滝」がある。ただし、きれいな水が流れ込む海では、港湾が整備され、突堤のために潮の流れが遮られ、年々、海の環境は悪くなっているという。

山、田、川を見てから、海へ。港湾の構造物が、潮の流れを妨げていることがわかる。

 秋名集落には、国の重要無形民俗文化財に指定されている祭りがある。五穀豊穣を願って、日の出と共に森で行う「ショチョガマ」と、夕暮れに浜で行う「平瀬マンカイ」。同日に行われる二つの祭りは、森と海が繋がっていることを指している。人間も循環の中にあり、その流れを途絶えさせては、豊さを享受することはできない。問題にぶつかった時には、過去に解決策が示されているはずで、祭りや祈りは、その思いを繋いでいくためのひとつの方法なのだろう。秋名集落を歩いていると、奄美での暮らしの豊かさが少しわかったような気がする。

 

 奄美大島から始まった「ワークショップ」は、今後、開発という意味においては先んじている沖縄の島々へと向かう。それぞれが持つ知見は、単に開発を止めるためのものではなく、それぞれの島の「らしさ」によって育まれたものであるはずだ。  その違いを均してしまう開発は、誰にとっても面白くなく、やはり「健全な発展のためのツーリズム」は、それぞれの「らしさ」を知ることから始まっていく。