JOURNAL | Vol.10
「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるワークショップ」シンポジウム
琉球孤のさまざまな視点から
島の未来に残すべきものを考える。
文/村岡俊也 写真/Charfilm
あまみ大島観光物産連盟の会長を務める有村修一さんによる開会の言葉は、参加者すべての思いを代弁するようだった。
「我々は絶えず、変えて良いものと変えてはいけないものを問われている」
世界自然遺産に登録された、おそらく日本で最後の島になる奄美大島には、開発の波がもうすぐそこまで来ている。
2025年5月15日に山羊島ホテルにて、琉球孤の異なる島からさまざまな知見を持った有識者や事業者が参加し「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるワークショップ」のキックオフ・シンポジウムが行われた。宮古島、石垣島、竹富島、沖縄本島のやんばる、それぞれがいかに変化に対応してきたのか。その考え方と方法論を共有することによって、これからの奄美大島を、引いては南西諸島全域を考えるきっかけづくりのためのシンポジウムだった。
外からやってくる開発への対応によって、それぞれの島が歩む道は少しずつ異なる。今回の参加者の中でもっとも強く「変えない」ことを選択したのは、竹富島だったろう。一般財団法人竹富島自然資産財団常務理事の水野景敬さんは、竹富島の歴史を遡りながら話を始めた。そして、民藝運動家の戸村吉之助や芸術家の岡本太郎ら、外からの目線によって発見され、賛美された島の暮らしを守るため、1989年に「竹富島憲章」を制定し、守ってきたと話した。「売らない」「汚さない」「乱さない」「壊さない」「活かす(生かす)」という強いメッセージを発するに至る過程に、ヒントがあるのでは? と、水野さんは言う。
「かつて大旱魃の際に、島の1/3以上が売られたことがあるんですね。けれど、保全のために買い戻した歴史がある。だから竹富島憲章は、自分たちが島を守るために掲げた旗でもあり、島の暮らしに強い思いを持っている証でもあるんです」
竹富島の開発と聞くと星野リゾートの〈星のや〉が思い浮かぶが、協議だけでも数年をかけ、島民の意向に沿った形でリゾートが建てられた。そのため、日常的に行き来があり、良好な関係が築かれているという。竹富島は日帰りの観光客が多く、経済に繋がらないために入域料を導入した実情などを説明し、「自分たちの暮らしを守ることが、自然環境を守ることにも繋がっている」と締めくくった。
より切実な現状について語ったのは、石西礁湖自然再生協議会持続的海域利用ワーキンググループ事務局長の和泉航平さんだった。石垣島でマリンレジャーに関わる事業者でもある和泉さんは、減少しているサンゴ礁生態系に反比例するように、マリンレジャー業者が増加していることを憂える。石垣島の大崎海岸には、30〜40艇ものダイビング船が並び、数十人ものダイバーがウミガメの息継ぎを取り囲んで「ウミガメもオーバーツーリズム」状態だという。行政では難しいガイドラインを作成するためにワーキング・グループを発足させ、横断的な取り組みを模索している。
「感情的に否定することは簡単ですが、それでは解決にならない。結局は地域に住む島民が主体性を持って、協働体制を構築しなければいけないんです。その規制は同じ事業者である自分たちも縛るものになるはずですが、島の未来のためにはやらなければいけない」
危機感を募らせる和泉さんは、「まだ始まったばかりです」と決意を新たにしていた。
宮古島の一般社団法人YUU代表理事の下里千尋さんと原芹さんは、持続可能なツーリズムの観点から未来を語る。短期的な観光開発によって地元にお金が落ちない問題点などを取り上げつつ、観光と文化資源を結びつける活用例を示した。二人が手掛ける「宮古島サステナブルツアープログラム」では、かつて畑仕事で活用された宮古馬に触れたり、国の重要無形文化財に指定されている宮古上布の製作工程を訪れたり。そのツアーの過程で、宮古島の歴史を学ぶことができるという。下里さんは言う。
「それまで結びつけられていなかった地域資源を観光に活用することで、資源の保全の手段としたいんです。観光は、地域づくりのための手段でもある。利益を島内に還元する仕組みづくりが地域課題の解決にも繋がっていくはず」
行政と観光協会と民間が、それぞれの役割を果たしながら、一緒に考えていく必要を語った。
同じく観光の恩恵を地域に還元すべきと語ったのは、沖縄本島の国頭村で「やんばるホテル 南溟森室」を営む、Endemic Garden H代表の仲本いつ美さん。自身の出身地である国頭村役場で働いていたが、「自然環境や文化を次世代につなげるためには、地域の誇りを想起し観光とつながり、精神的なことも含めて観光で得られる恩恵を地域に還元していくことが重要」と考えて役場を辞職し、地元でのツアーや宿泊施設を営むようになった。オーダーメイドによる高付加価値のガイドは、集落を案内しながら「ローカルルール」と「地域の魅力」を同時に伝えている。その二つは、実は表裏一体のもの。同時に地域の人たちにも、ツーリズムが地域の未来に必要なモノであると説得しなければいけないと語る。
「空き地や空き家も増えているんですね。集落を守るために何ができるのかを考えてビジネスしていますが、それは地域への定住と両輪だと考えています。移住定住者も増えて、お客さまを迎えるために集落の清掃が日常業務になる。すると景観も維持されるし、地域行事を支える担い手にもなるから」
このシンポジウムの趣旨である「健全な発展のためのツーリズム」をすでに実践している仲本さんは、「そのエリア全体で、気持ちをひとつにしていく」ことの重要性を語ってくれた。
それぞれのワークショップの説明の後には、奄美大島のNPO「TAMASU」代表の中村修さんも参加して、ディスカッションが行われ、さらに踏み込んだ南西諸島だからこその問題点を話し合った。例えば宮古島の下里さんは、沖縄の人々にとって聖地である「御嶽に入らないで、と伝えること自体が、そこに御嶽があることを知らせてしまうことになる」と語った。それぞれの島には、自然と共に歩むための独自の文化がある。「健全な発展」とは、その文化を継承しつつ、共に歩んでいくことを指すのだろう。
閉会後、あまみ大島観光物産連盟の会長である有村さんに、少し話を聞かせてもらった。それぞれの島からのプレゼンテーションについての感想を尋ねると、「私も彼らと同じように考えていましたよ」と答えた。
「沖縄は、我々にとっては兄弟島で、復帰前から通っているところ。海洋博で、『さあ沖縄が稼げる』と思ったら、いろんなホテルが進出して、地元資本はほとんど残っていないんじゃないかな。琉球鮎だっていなくなってしまったんだから。千万人の観光客が来る沖縄と奄美では全然規模が違うけれど、自然なのか文化なのか、あるいは祭りなのか、奄美らしいテーマを決めて、守っていかなきゃいけない。いい具合にゆっくり進んでいく必要がありますね。それぞれの地域ごとの良さがあるから。そのためには地元の人に応援してもらいながらやるしかないですね。あるいは実効性のある景観条例も必要でしょうね。放っておいたら、あっという間に風景が変わってしまうんだから」
未来を考えるための第一歩として踏み出された「奄美大島の健全な発展のためのツーリズムを考えるシンポジウム」。
2年間をかけて登壇者それぞれの島を巡りながら、さらに踏み込んだ議論を展開していく予定だ。